100年200年かかっても、世界中の人を幸せにしたい
飽食の時代の中、日本人のアイデンティティーや郷土文化を見直す動きが活発である。そんな時代の中、故郷の文化をビジネスに変貌させ世界に挑む飲食ベンチャーがザッツエンタープライズだ。同社は「佐世保バーガー」を全国区の知名度に押し上げ、「ZATS BURGER CAFE」を遠く離れた東京に多店舗している。同社の目指すビジネス、経営観などを中心に㈱ザッツエンタープライズ代表取締役の吉村裕氏にお話を伺った。
取材場所に選んだのは、「ZATS BURGER CAFE高円寺本店」。およそハンバーガーショップとは考えにくい外観。高級レストランのような佇まいを魅せており、周辺をアパレルショップが囲んでいる。案内されたのは同店2階フロアの落着いた半個室席。 吉村氏の創業は、27才。「学生時代から、アイデアを出すことが好きだった(吉村氏)」は、創業に当り数種のアルバイトを掛け持ちし、1日18時間近く働いていたと語る。すべては、接客業を学ぶ為だ。軍資金を得た吉村氏は、現在の「ZATS BURGER CAFÉ高円寺本店」でショットバー経営に乗り出す。「飲食経験がなかったのですが、腹を括ったというか勇気の一歩を踏み出した結果」と語る吉村氏であったが、当時珍しかった大スクリーンにサッカー映像を流すスタイルが若い顧客を魅了した。
斬新なスタイルだけでなく、顧客とのコミュニケーションの取り方は有名な映画「カクテル」や、高橋歩の著「毎日が冒険」から学んだと語る。実際、吉村氏は「カクテル」から学んだいわゆるボトル回しの技「フレア」を売りにショットバーを運営していた。 こうして吉村氏の第一歩は踏み出されたのであるが、「ZATS BURGER CAFE」に辿り着くまで順風満帆ではなかったと話す。
同氏は東京・中野に「おにぎりカフェ」をOPENさせる。しかし、これが大失敗だった。倒産が頭に過ぎったと今や昔となった事象を淡々と語る吉村氏。だが、その頃地元である佐世保で運命の出会いを果たす。それが、故郷で口にしたハンバーガーだ。「佐世保のハンバーガーは殆どが家族経営で店により味も形も違う。こういうおいしいものを出したい」と強く感じた吉村氏は、この佐世保で生まれたハンバーガーが日本で最初に生まれたハンバーガーであることを知る。こうした状況の下、吉村氏は故郷に恩返ししたいという思いから「佐世保バーガー」と命名し快進撃の口火を切る。
吉村氏の経営観が良く現れているエピソードがある。「OPENした頃、2歳ぐらいの女の子が覚えたての言葉で「おいちぃ!しあわせ!」と言ってくれた。嬉しさのあまり、涙が出た。そして、「おいしいものを作ったら幸せを感じてくれるんだと改めて思いました。」最後に吉村氏は、「佐世保バーガーをブームに終わらせたくない。日本の料理が世界一おいしいということを、あえてハンバーガーで証明したい」と熱く語った。

